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干潟の再生へ向けて

津屋崎干潟の現状調査



ヘドロ(粘土質)が堆積する干潟

干潟とは、環境省の定義では、『干出幅100m以上、干出面積1ha以上で、 移動しやすい基底(砂、礫、砂泥、泥)を満たしたもの』としている。
また、干潟は形成される地形から、海岸砂浜前面に位置する『前浜干潟』、 河川の河口に形成される『河口干潟』、海や河口から湾状に入り込んだ沿岸に沿って形成される 『潟湖干潟』の3つに分類され、津屋崎干潟は、『潟湖干潟』に属する。

(左のVTRは、2019年9月15日、大潮干潮時の干潟の状況である。 調査にあたり、干潟の中央部へは粘土堆積がひどく、潟スキーを使用するなど、 他の手段を必要とすることが分かった。)

   

環境省は、H27年2月に閣議決定された『瀬戸内海環境保全基本計画』の公報で配信する 『せとうちネット』では、干潟は海のレストランと紹介し、 干潟に生きる生物は、多様性に富み、連鎖循環で成り立っている、としている。
では、津屋崎干潟は、底質の土質から干潟と言えるのか、生物多様性に富んでいるのか、 海のレストランと言えるのか、上記のVTRをご覧になり推測下さい。

瀬戸内海基本計画は、海の環境保全の総称です。(環境省)



干潟の土質と生物の状況報告

調査範囲はVTRに示すが、干潟の護岸から2〜3m先までは砂質土交じりのシルト質で、 その先4〜5mから10m先はヘドロ(粘土質)が30〜50cmの深さで堆積しており、 さらにその先は、堆積が深く、帰ることが出来なくなるので調査を中断した。
干潟の底質は、ほとんどヘドロ質で、腐敗臭を感じることから、底質の内部は嫌気状態(酸素不足)と思われる。
干潟歩行調査では見られなかったカニ類は、道路上から双眼鏡を用い観測した結果、 随所で確認できたが、種別の判定はできなかった。
またトビハゼなど、干潟上を動く魚類は確認できなかった。
干潟上には広範囲にわたり、藻類のアオサの群生が確認できた。
護岸近くは、ウミニナが折り重なり群生しており、干潟上でも群生を確認できた。 (写真をクリックすると大きく表示されます)
また護岸近くの砂質土交じりシルト質を、深さ20cm程度、 幅40cm程度の正方形状で、上流から下流へ向け、 二枚貝類や多毛類(ゴカイ)の調査を数か所行ったが、全ての個所で確認できなかった。
干潟に僅かに残る水路は、透明度が悪く、エイなどの痕跡の確認はできなかった。
干潟中央部には水路が見られたが、透明度は悪く、河川からの排水が主流で淡水と推測される。


護岸部ウミニナの群生

干潟上ウミニナの群生



参考資料:土木工学上、土の状態を粒子径で表現すると下記となります。
・砂質土:土粒子0.42mm〜2mmの粗砂を50%以上含む、0.075mm〜2mmの土。
・シルト:土粒子 0.074〜0.005mmの土。
・粘土 :土粒子 0.004mm以下の土。

注)ここでは粒径を測定したわけではないので、干潟を歩いた感触で表現しています。
  土に埋まらず立って歩くことが出来るのは、砂質土以上です。

  

干潟環境に影響する汚濁物質はどこから?

津屋崎干潟に影響を与える汚濁物質は、下記によってもたらされます。




汚濁物質には、有機系、無機系など色々なものが有りますが、干潟の水質に特に影響を与える有機物質で、 海や湖沼の汚染度を表す指標COD(化学的酸素要求量)の物質量や 水中の藻類などの光合成を妨げ、基底に堆積を起こす懸濁物質(SSmg/L)の量について、 環境省、福岡県、福津市や研究機関発表論文からデータを引用し、 諸元別に影響度を検討してみました。


1)農業用水、生活排水からの懸濁物質SS
これらは、干潟に流下する河川からの流入となりますが、 農業用水からは肥料として用いられる窒素、リンが、生活排水からは有機物を主体とするCOD関連物質などが含まれます。 その濃度は、河川の水質(下記福津市環境白書H29参照)から見ることができます。
しかし肝心な干潟に流入する河川(竪川や黒石川)の水質や水量調査結果は掲載されておらず、 残念ながら算出はできません。
因みに環境白書では、西郷川河口(No19 浜田橋)の懸濁物質濃度は、SS=6mg/L、BOD=0.8mg/L、COD=6.9mg/L、 流量は、0.31m3/secと明記されています。



環境基本条例第9条に基づく環境白書から抜粋


河川から排出される懸濁物質SSやCODの総量は、下記の式で算出することができます。
 河川からの懸濁物質量SS(Kg/日)= 河川水量(m3/日)×SS又はCOD濃度(mg/L)×1/1000 (乾物量)

参考までに西郷川から排出される懸濁物質SSとCODの量を算出すると、
 西郷川から海に排出される懸濁物質SS(Kg/日)=(0.31×3600×24H×6g/m3)/1000=160.7Kg/日(乾物量)
 西郷川から海に排出されるCOD量(Kg/日)=(0.31×3600×24H×6.9g/m3)/1000=184.8Kg/日(乾物量)
となります。(参考資料:濃度単位は、 ppm=mg/L=g/m3 です。)

しかし福津市が行う市内河川の水質検査は定期的で、 環境白書(H29年度)では2年に1度としており、水質検査も2年に1度かもしれません。 これでは年間を通して干潟に与える影響は、図ることはできません。



2)野鳥排泄物からの懸濁物質量SS
干潟に飛来する野鳥はいろいろな種類が居ます。 代表的なのはカモ、毎年11月には飛来し翌年の4月頃まで滞在します。 その他、希少動物のヘラサギ、1年中見かけるアオサギにシロサギ、 それから鵜類もよく見かけます。
ここでは、代表的なカモについて試算して見ました。

鳥は、頻繁に糞や尿を排泄し、飛ぶために体重を軽く維持するそうです。 調査論文から、カモは1日に体重の2.25%程度の糞(乾物量)をすることが報告されています。 糞中に含まれる栄養塩類(窒素、リンなど)は、下記に示す濃度が、 また1日の内、餌場に滞在する時間は3分の1程度とも報告されています。


(栄養塩類濃度)N:窒素、P:リン(%)
 ・鵜類 :N=22.05 P=12.29
 ・サギ類:N=21.30 P=14.13
 ・カモ類:N= 1.49 P= 0.33

栄養塩類は水域の富栄養化を判断する重要な要素ですが、 ここでは基底に沈殿、堆積すると思われる懸濁物質SS(糞)について試算してみます。
津屋崎干潟における1日のカモの飛来数調査報告はありませんので、 マガモの体重報告(0.72〜1.6Kg/羽)から平均体重を1.16Kg/羽、 干潟での滞在時間1/3日、糞の量(乾物値)を体重の2.25%として算出しますと、

 マガモから干潟に排泄される懸濁物質SS(糞量g/羽・日)=(1×1.16×0.0225)/3×1000=8.7g/羽・日(乾物量)

これは、1000羽飛来しても 8.7Kg/日となり、前述の西郷川の(SS=160.7Kg/日)と比較すると、 河川の影響がいかに大きいかわかりますね。
では計算を続けます。

 滞在期間中(11月〜4月の6か月/年)の懸濁物質量=8.7g×延べ180日=1566g=1.566Kg/羽・年 ・・・(乾物量)

乾物量とは水分を含まない物質を示していますが、実際は水分を含んだ量になりますので含水量を考慮し補正します。
動物の糞の含水量データは少なく、 参考として、牛85%、鶏60〜70%、アヒル80〜84%の報告例が有ります。 鳥類は尿と一緒に糞を排泄するため含水率は高いとされており、糞の白い部分は尿に含まれる尿酸の結晶で、 海岸に止めた車両へのカモメの糞や海鵜が集まる岩礁などを見ると牛糞よりは柔らかそうです。
ここでは、マガモをアヒルと置き換え、含水率80〜84%として含水量を含んだ糞量を試算しますと、

マガモ1羽からの年間糞量(懸濁物質量SS)=1.566×100/(100-80〜84)=7.83〜9.79 Kg/羽・年

これに飛来数をかけると、
 ・100羽 飛来した場合 :783〜979 Kg/年
 ・300羽 飛来した場合 :2,349〜2,937 Kg/年
 ・500羽 飛来した場合 :3,915〜4,895 Kg/年
 ・1000羽飛来した場合 :7,830〜9,790 Kg/年

如何でしょうか、実際に飛来するカモの種類も多様ですが、 1日の飛来数は500羽は超えていそうに思えます。



3)下水処理場からの懸濁物質SS量
津屋崎下水処理場の計画処理能力は、福岡県発表の資料で、処理方式OD法(3系列)、処理水量8100m3/日、 処理水水質 BOD=15ppm、SS=30ppm、(CODについては記載なし)、放流先は筑前海域、 事業着手年度1996年(H8年)、事業完成年度2016年(H28年3月)としています。
これらを基に、干潟に排出される懸濁物質量SSを試算すると、

  下水処理水からの懸濁物質SS(Kg/日)=8100×30g/m3×1/1000=243 Kg/日(乾物量)


下水処理場から排出される懸濁物質SS中には、有機性(VSS)のものと無機性のものがあると知られており、 その有機成分(Vss)は概ね70%と報告されています。 干潟に排出された懸濁物質SSの一部は、水生動物により摂取され、有機成分は主に栄養に、 無機成分はまた糞などとして干潟に戻されるなど、懸濁物質SSは細分化され、 潮の干満などにより海域へ流出しますが、一部は干潟に沈降、堆積されます。

4)西郷川の懸濁物質SS量との比較
西郷川は、福津市を代表する河川で、2級河川として福岡県の管理下にあります。流れる水量は、 季節により異なりますが、河川からの懸濁物質量SSは他と比べどんなものになるか、比較してみました。

さて、1)で試算した西郷川から海へ流出する懸濁物質量SSは、160.7 Kg/日でした。 では、津屋崎下水処理場から干潟へ放出される懸濁物質SSは、243 Kg/日で、西郷川をはるかに上回ります。
また、水中の溶存酸素を消費する物質濃度を示す指標のBOD、COD、 どちらも酸素消費量を表す指標からして目的は同じなので、 西郷川BOD濃度=0.8mg/L、津屋崎下水処理場BOD=15mg/Lと表示される濃度を採用して物質を比較しますと、

  西郷川BOD総量=(0.31m3/sec×3600×24H×0.8g/m3)/1000=21.4Kg/日(乾物量)
  津屋崎下水BOD総量=8100m3/日×15g/m3×1/1000=121.5Kg/日(乾物量)


となり、SS量、BOD量どちらも津屋崎下水が西郷川を上回ります。

皆さん、驚きませんか? 津屋崎下水から放出される汚濁物質は、西郷川を遥かに上回るのです。 またこの値には、干潟に繋がる竪川、黒石川からの汚濁物質(BOD、SS)は含まれていません。 津屋崎干潟に生きる希少動物の将来は、大丈夫なのでしょうか。 津屋崎港湾の透明度が常時低いのは、ここに原因があると思えます。

この計算値の精度を上げるためには、下水道の供用率(実際の処理量)や現行の水質を反映しないといけませんが、 潟湖干潟の特徴である、海水の流通が少ない場所(津屋崎干潟)への下水、河川水の放流にあっては、 特に水質の監視を怠ってはなりません。 また干潟に係る環境保全のフォーラムや保全文章はよく見かけますが、 このような具体的な数値を交えた論議はなされていません。是非詳細調査を行い、 実際の数値を示し、論議してほしいものです



干潟浄化の主役

干潟の浄化に携わっている水生動植物は、下記のようなものが居ます。






水生動植物の役割
干潟の浄化に係る水生動植物はいろいろな種類が居ますが、 ここでは津屋崎干潟で見かける代表的なものをリストアップしてみます。 水産高校の学生の皆さんも、暑い中水生生物の調査を行っていました。 (写真をクリックすると大きく表示されます。)


生物を調査する水産高校の皆さん

・ウミニナ
主に汽水域の砂泥上に生息し、砂泥に堆積するデトリタス(微生物の死骸や糞など)を捕食する。

・藻類
水中の窒素、リン、炭酸ガスCO2を摂取し、光合成により酸素を作り出す。
干潟など富栄養化で発生するアオサなどは、食用とは別種で、 砂泥を覆うことで、砂泥への酸素供給を妨げることもある。

・微生物
動植物プランクトンを含むが、水中の酸素を利用し有機物を分解する。

・ナマコ類
プランクトンの死骸や砂に含まれる有機物(デトリタス)を捕食する。

・二枚貝類
水中の微生物や細分化された有機物(デトリタス)をエラでこして食べ、 海水のろ過機能に携わる。
アサリやカキが代表的なものである。

・カニ類
動物の死骸や藻類、砂泥上の小動物、デトリタスを食べ、固形物を細分化する。
また、基底堆積土に穴を掘り、酸素の供給にも役立つ。

・多毛類
ゴカイ、砂ゴカイなどの環形動物で、干潟の堆積土に含まれる有機物を摂取する。



水性動植物やその役割は、とても全て書くことはできませんが、 限られた面積の干潟に、許容量以上の汚濁物質を放出することで、 すでに干潟では見られなくなった生物もいます。(ナマコ、二枚貝、多毛類など)

重要なのは、全ての動植物が生きて活躍するには酸素が必要と言うことです。 不足していると思われる場所(水路)には、酸素供給装置を設置しましょう。 私たちにできることは、アサリなどの捕獲を思いとどまり、過剰に偏った汚濁物質を排出するのではなく、 塩分濃度や砂泥の土質などを適正に保ち、生きれる環境と生物の保全を行い、自然の力を信じ待つことです。